天空の城ラピュタ — Castle in the Sky ( 1986 ) — Opening sequence.
「なんでヒーローは技名を叫びながら必殺技繰り出すの?」って質問に対する『アンパンマンが無言でバイキンマン殴ったら子供泣くだろうが。』って答えが忘れられない。
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| — | Twitter / @Pi0703 (via handa) |
一番ダメなのが40歳以上の男性で、本当に全然対話ができない。要するに、自分の発言に対して相手が何かを言ってきて、自分の考えが変わるっていうことを想定してしゃべらないから、本当にダメ。 これは、対話の一番大事な概念で、対話っていうのは基本的に、価値観の異なる人と出会って自分が変わっていくことを潔しとする。あるいは自分が変わることに喜びさえも見出すっていうのが「対話」の基本的な概念なんです。 でも、会社人間だと、上司と部下の関係しかないから、変わるってことがないんですよね。本当にかわいそうで、学生のコミュニケーション能力より、お前達がどうにかしないと大変だぞ、と
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| — | ウィンウィン対談 平田オリザさん 劇作家・演出家 対話力 コミュニケーションデザイン (via vmconverter) (via tyzm) (via dannnao) (via mrmt) (via tsupo) (via uncate) (via gkojax) (via gkojaxlabo) (via petapeta) (via yaruo) (via maknope) (via mcsgsym) (via infinity-d) (via gosuke) (via kotoripiyopiyo) |
絵が上手い人は、手に技術があるのではない。目が精確に形を捉えていて、手が描く線の狂いを感知できる。つまり、「上手い」というのは、ほとんどの場合、「測定精度の高さ」なのである。たとえば、料理の上手い下手は、最終的にはその人の舌の精度に行き着く。
ラジコン飛行機の操縦が上手いか下手かは、飛行機の姿勢をいかに精確に捉えられるか、という目で決まる。咄嗟に舵が打てるか、適切な舵が打てるか、といった問題は大したことではない。工作が上手いかどうかも、常に材料を精確に測定できるか、にかかっている。狂いのない飛行機を作れる人は、小さな狂いを見ることができる人である。精確な位置に穴があけられる人は、精確な位置に罫書きができる人だ。
もう少しわかりやすく説明すると、「どんなとき、どうすれば良いか」といった知識は誰でも簡単に学べるが、一番難しいのは「今がどんなときか」を感知することであって、これは知識としては学べない。現在の位置や状態を的確に把握できれば、もう「上手い」も同然なのである。
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| — | MORI LOG ACADEMY: 「上手い」とは何か (via send) (via marytan) (via umi11026292) (via miyavi) (via dannnao, takaoka) (via usaginobike) (via kaz4g) (via lfdt) (via yuh-a) (via precall) (via para-fall) (via jun06) (via usaginobike) (via nknh) (via sironekotoro) (via edieelee) (via kondoumh) |
ジャパネットたかたの高田社長がビデオカメラを売る際に
子どもだけじゃなくて、親の顔を撮ったほうがいい、
その子どもが大きくなったときに、自分が幼い頃なんて
ぶっちゃけどうでもいいけれど、自分の誕生を両親が
どれだけ喜んでくれていたかを実感できるのは素敵だと
いうような話をされていたんだけど、ほんとにそうですね。
同じことは結婚式とかの祝いごと全般にいえるんですけど、
大事なのは当人よりも周囲の人たちだったりしますね。
たぶんプロのカメラマンはそこをよくわかってるんでしょうね。
周囲は背景じゃなくて、むしろメイン。
もちろん当日のメインは新郎新婦なんだけど、
彼らが後日いちばんうれしい(見たい)写真は
自分たちの笑顔じゃなく参列者が心から喜んでくれる様子で、
それを記録しなきゃもったいない。
そういうことにいまさら気づいてちょっと後悔しています。
甥っ子や姪っ子が生まれたときに、
そりゃもうかわいいものだからアップで撮りまくってて
ぼくのパソコンのハードディスクにはそんな写真や動画が
いっぱい入ってるんですけど、妹夫婦の顔とか、
うちの両親(つまりおじいちゃん、おばあちゃん)の顔は
ほとんど残ってない。だって撮ってないもの。
これからは周囲をいっぱい撮ることをオススメします。
子どもだけじゃなくて、親の顔を撮ったほうがいい、
その子どもが大きくなったときに、自分が幼い頃なんて
ぶっちゃけどうでもいいけれど、自分の誕生を両親が
どれだけ喜んでくれていたかを実感できるのは素敵だと
いうような話をされていたんだけど、ほんとにそうですね。
同じことは結婚式とかの祝いごと全般にいえるんですけど、
大事なのは当人よりも周囲の人たちだったりしますね。
たぶんプロのカメラマンはそこをよくわかってるんでしょうね。
周囲は背景じゃなくて、むしろメイン。
もちろん当日のメインは新郎新婦なんだけど、
彼らが後日いちばんうれしい(見たい)写真は
自分たちの笑顔じゃなく参列者が心から喜んでくれる様子で、
それを記録しなきゃもったいない。
そういうことにいまさら気づいてちょっと後悔しています。
甥っ子や姪っ子が生まれたときに、
そりゃもうかわいいものだからアップで撮りまくってて
ぼくのパソコンのハードディスクにはそんな写真や動画が
いっぱい入ってるんですけど、妹夫婦の顔とか、
うちの両親(つまりおじいちゃん、おばあちゃん)の顔は
ほとんど残ってない。だって撮ってないもの。
これからは周囲をいっぱい撮ることをオススメします。
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| — | 周囲を写すこと - いつかの昨日 (via ishizue) |



